昨今、「コンプライアンス」に対する風当たりの強さが日を追うごとに強くなっています。特に「労務」に関するコンプライアンスは「従業員」、「従業員の家族」、「求職者」、「取引先」等、多方面から注視される傾向にあります。本記事では、定義・違反事例・チェックリスト・2025〜2026年の最新法改正対応まで、人事・総務担当者が押さえるべき全情報を体系的に解説します。

昨今、「コンプライアンス」に対する風当たりの強さが日を追うごとに強くなっています。特に「労務」に関するコンプライアンスは「従業員」、「従業員の家族」、「求職者」、「取引先」等、多方面から注視される傾向にあります。本記事では、定義・違反事例・チェックリスト・2025〜2026年の最新法改正対応まで、人事・総務担当者が押さえるべき全情報を体系的に解説します。
偏にコンプライアンスと言ってもその領域は事実上無制限に広がってしまうため、本記事では「労務」に限定しています。コンプライアンスとは「法令順守」を意味し、企業・個人事業主を含む事業組織が、法令・社会規範・倫理観・社内規則等に従い、公正かつ誠実に行動することを指します。
背景 | 企業への影響 |
|---|---|
働き方改革・法改正の頻度増加 | 就業規則・労務管理の継続的な見直しが必要 |
口コミ・SNSの普及 | 労働環境の実態が外部に即座に拡散するリスク |
人手不足の深刻化 | 採用難・早期離職が企業競争力を直接損なう |
IPO・取引先審査の厳格化 関連記事:労務監査とは | 労務コンプライアンスが与信・上場審査の重要指標に |

労務領域で主として問題になる範囲として詳述します。まずは、「過労死問題」に端を発し、社会的にも注目度の高い論点として、労働時間は最上位に挙げられるといっても過言ではないでしょう。「労働時間」の解釈は、あくまで使用者の指揮命令下に置かれた時間と解され、当該指揮命令下に置かれていない時間は労働時間ではありません(例えば特段の業務指示もない中で、かつ、事業主も把握していない状況下で自主的に会社に居残る等)が、そもそも納期までに終了する見込みすらない膨大な業務量を課しているケースは労働時間と評価され得る。
関連記事:労働基準法における労働時間とは?
労働時間と並んで上位に挙げられる論点として賃金問題です。端的には賃金とは給与であり、後述する未払残業代問題のことを想定しています。偏に未払残業代と言っても論点は幅広く、そもそも時間外の申請を却下しているのか、残業代の計算に含めるべき手当が含まれていないのか等、想定される論点は複数あります。冒頭の時間外の申請を却下しているために賃金問題が勃発しているケースは、そもそもどのような時間が「労働時間」にあたるのか労使双方の認識合わせをしなければ解決することはありません。言葉を選ばず申し上げると「生活残業」と言って本来その日のうちに必ずしも行うことが求められていない業務を使用者の指揮命令が全くない中で行う等、必ずしも使用者側に問題があるケースばかりではありませんので、留意が必要です。
尚、ハラスメントについては、年々、概念が増え続けており、パワハラ、セクハラのみに留まらず、コロナ禍が明けたこともあり、アルハラやスメハラ等、生理学的な要因が引き金となってしまい、ハラスメントと叫ばれることもあるため、労務管理上の留意すべきポイントは増えていると言えます。
関連記事:よくある労務トラブルを解説!有給休暇・残業・退職・パワハラ
以下は「自社は大丈夫か?」を確認するための主な違反パターンです。一つでも心当たりがある場合は、第4章のチェックリストで詳細確認してください。
前述の長時間労働、未払残業代問題については社会的にも多くの媒体を通じて報道されていることもあり、年々注目度が高くなっています。対症療法ではなく、根本的に改善するには多くの企業で悩まされている人手不足問題が引き金となっている点は否めませんが、人手不足問題は、社会構造的にも早急な改善は見込まれないことから、潜在的労働者として挙げられる高年齢労働者や女性労働者の抜擢を通して解決を図る業種も少なくありません。
(違反例)
人手不足問題に端を発し、経験値が一定以下の状態であっても管理職として職務を全うしてもらうケースは少なくありません。これは若年層時代より経験値を積めるというプラスの面はありますが、社内の管理職と労働基準法上の管理監督者とは必ずしもイコールにはならず、労働基準法上の管理監督者は労働時間、休憩、休日の法規制が及ばないため、通常の労働者とは代表的な部分として、賃金等の取り扱いが異なります。しかしながら、いわゆる名ばかり管理職となれば、法規制が及ばなかった部分に法規制が及ぶこととなり、事後的に問題となることがあります(代表例としては未払残業代問題)。
社会保険については労務管理分野が範疇となる公的保険料の中で最も高額であり、経営上も一定の支出とはなりますが、加入要件を具備する場合は加入手続きが必要不可欠な分野であることは言うまでもありません。しかし、シフト制等、流動的な勤務形態の場合、判断に迷うと言った実務上の問題もあるため、定期的な確認が求められます。
適用拡大スケジュール | 内容 |
|---|---|
2022年10月〜 | 従業員101人以上の企業:週20時間以上・月収8.8万円以上等 |
2024年10月〜 | 従業員51人以上の企業に拡大 |
2027年10月〜(予定) | 2027年10月から36人以上企業へ拡大。最終的に段階的撤廃予定 |
安全配慮義務とは労働契約法第5条に根拠規定があり、端的には労働者が安全に働ける環境を整えることを定めています。これは心身両面で考慮されるべきであり、労務管理分野と密接に関連しています。
例えば労働基準法であれば労働基準監督署(労働基準監督官を含む)が司る法令であり、いわゆる「臨検」によって、問題があれば是正勧告書が交付されることとなります。当然いつまでに是正した証跡を提出するよう求められることから、通常業務と並行して対応せざるを得ないため、業務のしわ寄せや、人手不足に拍車がかかることは想像に難くありません。尚、悪質な場合は行政指導や送検といった事態も想定されるだけでなく、企業名公表となれば対外的な影響(対取引先)も無視できなくなります。
労務コンプライアンスが壊滅的であるがゆえに労働者より提訴されるといったケースもあり得ます。労働審判や訴訟となれば本来発生することのなかった多くの時間的なコストが発生することとなります。労務コンプライアンス分野は、お金や物と異なり、(人については)唯一感情を持ち合わせているため、感情的な軋轢を生むことからも長期的に尾を引くことがあります。多くの場合、弁護士に委任することが多く想定されますが、そのような場合でも打ち合わせに要する時間的な拘束等は発生します。
関連記事:労務を弁護士に相談すべきケースは?社労士との違いや費用、選び方を解説
企業の入り口となる「採用活動」については、近年、各種情報媒体の発達により、企業の知らぬところで後ろ指を指されると言ったケースもあります。人手不足の影響もあることから、企業としても「選ばれる側」である意識の醸成が必要です。また、採用したとしても労務コンプライアンスに問題があれば早期離職の誘引となり、これまでに要した採用活動が水の泡となってしまうこととなります。また、「ホワイト企業」を目指す場合は「離職率」は見られる傾向にあります。あわせて一部の助成金制度においても同様に「離職率」が問われることがあります。いわゆる出稼ぎ労働等の季節雇用労働者を毎年採用する業種でなければ離職率が高いことでプラスの印象を与えることは難儀であるため、離職率が高い場合はその引き金となっている論点が仮に労務コンプライアンスであれば再考が必要であることは言うまでもありません。
労働者側の倫理観の欠如によってSNSに不適切な投稿をしたことによって、当該SNSが炎上したということであれば全面的に会社に非があるとは即断すべきではありませんが、当該企業が炎上したという事実は事実であり、当該社員に然るべき教育をできなかったという指摘は甘受せざるを得ません。社員教育となれば労務コンプライアンスとは一定無関係のようにも見えますが、労務コンプライアンスに問題があれば労働者の職務上の意識も下がる傾向にあり、問題のある労務コンプライアンスが結果的に炎上と言う事実に影響を及ぼしているといったケースも考えられます。当然、このようなSNS炎上はレピュテーションリスクにもなり得、取引先からの印象についても良くなることは想定し難いと言えます。
以下の項目について「はい」か「いいえ」で確認してください。「いいえ」が1つでもある場合は、専門家への相談を検討してください。
確認 | カテゴリ | チェック項目 |
|---|---|---|
□ | 労働時間 | 36協定を締結し、労基署へ届け出ている |
□ | 労働時間 | 月60時間超の時間外労働に50%割増賃金を支払っている |
□ | 労働時間 | 使用者が客観的方法(タイムカード・PC記録等)で始終業時刻を確認している |
□ | 賃金 | 割増賃金の計算基礎に含めるべき手当を漏れなく算入している |
□ | 賃金 | 最低賃金以上の時間単価を確認している(地域別最低賃金に注意) |
□ | 管理職 | 管理監督者の要件(経営関与・待遇等)を法的に確認している |
□ | 社会保険 | 加入要件を定期的に確認し、該当者を速やかに加入させている |
□ | 就業規則 | 直近の法改正(育介法・ハラスメント関連等)を就業規則に反映している |
□ | 就業規則 | 就業規則の内容と実際の運用が一致している |
□ | ハラスメント | パワハラ防止措置(方針策定・相談窓口・研修)を整備している |
□ | ハラスメント | カスタマーハラスメント(カスハラ)対応方針を策定している |
□ | 安全配慮 | ストレスチェックを実施している(50人以上は義務) |
□ | 育児・介護 | 育児介護休業法の2025年改正内容を規程・運用に反映している |
□ | 雇用保険 | 2025年4月の自己都合退職者の給付制限短縮に対応している |
□ | 記録・保存 | 労働時間記録・賃金台帳等を法定期間(3〜5年)保存している |
各法改正の詳細は下記リンク先の解説記事をご参照ください。ここでは労務コンプライアンスに直結するポイントのみ簡記します。
法改正 | ポイント |
|---|---|
育児・介護休業法(2025年4月〜段階施行) | 看護休暇拡充・介護離職防止措置の強化・3歳以降の柔軟な働き方整備が義務化 |
雇用保険法(2025年4月〜) | 自己都合退職の給付制限が原則2か月→1か月に短縮。離職票の記載管理が重要に |
カスハラ対策義務化(2026年10月1日施行) | カスタマーハラスメント対策は、改正労働施策総合推進法により、2026年10月1日から事業主の防止措置義務となります。相談体制の整備、対応方針の明確化、従業員への周知などの実務対応が必要 |
ストレスチェック拡大(2025年5月公布から3年以内に施行予定) | ストレスチェックは、2025年5月公布の改正労働安全衛生法により、労働者数50人未満の事業場にも実施義務が拡大されることが決まりました。施行日は公布後3年以内に政令で定められる予定 |
社会保険適用拡大(2027年10月予定) | 従業員規模要件が撤廃され、週20時間以上等の要件を満たせば全企業が対象に |

労務コンプライアンスは時代、企業のフェーズによって、整備・見直しが必要です。就業規則は数年前に一度整備してそのままといったケースは中小企業の実務では少なくないものの、時代や企業のフェーズに合致していない就業規則はリスクを孕んでいます。また、親会社や自社より規模の大きな関連企業の就業規則をそのまま使っているといったケースも問題になることが多く、自社にとっては負荷が高すぎる(例えば休暇規定や手当額等)場合、就業規則には「最低基準効」と言い、就業規則に規定する内容は当該企業の最低基準のルールとなることから、当該規定内容に運用が追い付かないと言ったケースに発展します。
▶ 注意 他社の就業規則を流用している場合は特に注意。自社に見合わない高水準の規程(休暇・手当)が実態と乖離するリスクがあります。
労働時間は客観的な手法に基づき使用者が始業並びに終業時刻を確認することを求めています。尚、自己申告による運用にならざるを得ない場合は、自己申告によって把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否か、必要に応じて実態を調査すべきことがガイドライン上示されています。
偏にハラスメントを防止する旨の啓蒙を発したとしても具体的なオペレーションシステムがなければ防止に繋げることは難しいこととなります。また、ハラスメントの相談は必ずしも特定の性別に限定されることはないため、人員的に余裕があれば、窓口担当者は男性、女性それぞれで設置するなどの工夫を盛り込むことで実効性のある相談窓口となり得ます。
就業規則の改定トリガーの最上位は法改正です。就業規則よりも法律の方が上位に位置付けされることから、法改正がある際は就業規則の改正は必須となります(既に要件を具備している場合を除く)。
就業規則に関わらず実態と合致していない場合、様々なケースで問題を招きます。例えば退職時に就業規則の規定を根拠として何らかの権利行使の申出があった場合が想定されます。例えば明らかな規定の齟齬であれば、労使合意の上で円満な解決を図るべきでありますが、決して褒められる状態ではありません。
就業規則の改定は管理職のみが行うといったオペレーションを採用する企業もあります。しかしながら、管理職自身が実務畑にほぼ介入がない場合、もはや実務を扱う一般職員の方が改定の作業を行うほうが良いと言った由々しき問題もあります。もちろん情報をどこまで開示するか、実際の届出行為等タスクとして一定の分配や権限に制限を設けることはおかしなことではありませんが、実務を担う職員の感覚値も労務コンプライアンスの向上に寄与することは多くあります。
第4章のチェックリストを使い、「いいえ」項目を洗い出します。すべてを一度に直す必要はなく、リスクの高いものから優先順位をつけて対応します。
法改正対応が最優先です。改正内容を反映した上で、自社の実態に合った内容に改訂します。親会社・他社の規程の流用は実態と乖離するリスクがあるため、必ず自社向けにカスタマイズしてください。
一つは弁護士、社労士等の外部専門家の活用が挙げられます。これらの専門職は多くの企業の「生の事例」を蓄積していることから多くの引き出しを有しています。すなわち、自社のみでは事例が少なく、対応方法に難渋することがあっても、外部専門家であれば類似の対応事案を基に参考事例に基づく解決方法のレクチャーを受けることで時間的なコストを節約することが可能となります。
関連記事:労務アウトソーシングとは?業務範囲・費用・メリット・注意点を解説
現在、労務コンプライアンスは企業規模を問わずその必要性が声高に叫ばれており、時代の変化を感じざるを得ません。また、なぜ今労務コンプライアンスが重要視されているのかについても、一定の解は出ており、法改正に対応している企業であることで既存の従業員に安心感をもってもらうことでチームとしてのモチベーションアップにも寄与すると考えられます。当然、多くの職種では一人で完結する業務ばかりではなく、チームを組み、クライアントへ成果を提供することが多いでしょう。当初からリターンを求めてオペレーションを設計することは適切ではない部分もありますが、労務コンプライアンスは「コスト」ではなく「投資」と捉えて自社にとっての最適解を模索し続ける姿勢が有用です。

株式会社Enigol
千葉経済大学経済学部経済学科卒業。東京都社会保険労務士会所属(登録番号 第13190545号)。 都内医療機関において、約13年間人事労務部門において労働問題の相談や社会保険に関する相談を担ってきた。対応した医療従事者の数は1,000名を超え、約800名の新規採用者、約600名の退職者にも対応してきた。社労士独立後は労務トラブルが起こる前の事前予防対策に特化。現在は様々な労務管理手法を積極的に取り入れ労務業務をサポートしている。また、年金・医療保険に関する問題や労働法・働き方改革に関する実務相談を多く取り扱い、書籍や雑誌への寄稿を通して、多方面で講演・執筆活動中。
社会保険労務士 蓑田真吾
労務に関する「コンプライアンス」の範囲は減ることはなく、年々広がっています。しかし、我が国の99.7%を占める中小企業において、一度に全ての分野を最適化していく運用方法は途中で行き詰ってしまうことが多いため、労働時間等、まずは社会的にも注視される傾向のある部分を優先的に着手していく姿勢が有用です。