労務倒産とは、採用難・従業員退職・人件費高騰などの労務面の問題が引き金となって企業が倒産に追い込まれる現象です。最新の統計データや発生メカニズム、業種別リスク、中小企業が今すぐ実践できる5つの防止策まで体系的に解説します。

労務倒産とは、採用難・従業員退職・人件費高騰などの労務面の問題が引き金となって企業が倒産に追い込まれる現象です。最新の統計データや発生メカニズム、業種別リスク、中小企業が今すぐ実践できる5つの防止策まで体系的に解説します。
人手不足で会社が潰れるこの現象が、今や中小企業にとって切実なリスクになっています。労務倒産とは、採用難・従業員退職・人件費高騰といった労務面の問題が引き金となって企業が倒産に追い込まれる現象です。顧客ニーズがあって人さえいれば売上も利益も出ているのに、人が確保できないだけで事業継続が不可能になるということがが労務倒産の正体です。
労務倒産の定義から解説していきます。
労務倒産とは、「労働に関する問題(人手不足・人件費高騰・従業員退職など)が主な要因となって起こる倒産」のことです。
一般的な倒産は売上不振や資金繰り悪化が原因ですが、労務倒産はその出発点が「人」の問題にあります。業績そのものではなく、人員確保や人件費の問題が経営破綻の引き金を引くのが特徴です。
「人手不足倒産」と「労務倒産」は、ほぼ同義として使われることが多い言葉です。広義では、採用難・従業員退職・後継者難・人件費高騰など、人に関わる問題全般が原因となる倒産を指します。本記事では、帝国データバンク・東京商工リサーチが分類する「人手不足倒産(求人難・従業員退職・人件費高騰)」を労務倒産の実態として解説します。
労務倒産の最も見落とされやすいポイントは、「黒字経営の企業でも起こり得る」という点です。
たとえば次のようなケースが代表的です。
このように、需要がある・利益も出ているのに、担い手となる人材がいないことで事業が止まり、結果として倒産に至ります。売上や利益の数字だけでは経営の安定を測れない時代になっていると言えるでしょう。

関連記事: 黒字倒産とは?原因・有名企業の事例・回避策をわかりやすく解説
東京商工リサーチの調査によると、2025年の人手不足倒産は過去最多の397件(前年比35.9%増)に達し、4年連続で前年を上回りました。
2013年の調査開始以来、件数は右肩上がりで増加を続けており、構造的な問題であることが数字からも明確です。
年 | 件数 | 前年比 |
|---|---|---|
2022年 | 167件 | — |
2023年 | 260件 | +55.7% |
2024年 | 292件 | +12.3% |
2025年 | 397件 | +35.9%(過去最多) |
参考:東京商工リサーチ「2025年の人手不足倒産は過去最多の397件 賃上げ疲れが顕在化、従業員退職が1.5倍増」
2025年は特に以下の2タイプが急増しました。
帝国データバンクの集計でも、2025年1〜7月の従業員退職型倒産は74件と前年同期(46件)から約6割増加しており、2025年通年では史上初めて年間100件に達することが確実な情勢となっています。
参考:帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査(2025年)」
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2025年の春闘では民間主要企業の賃上げ率が平均5.52%となり、2年連続で5%超を記録しました。大企業は賃上げを実施できますが、収益力の低い中小企業は追随できず、「大企業との賃金格差」が拡大しています。より高い賃金を求める人材流出が加速し、倒産に追い込まれるのが「賃上げ難型」の構図です。
帝国データバンクは「賃上げ余力のない中小・小規模事業者を中心に、今後も人手不足倒産は高水準で推移する懸念がある」と警鐘を鳴らしています。
参考:帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査(2025年)」
少子高齢化による労働力人口の減少に加え、求人市場が売り手優位となる中、知名度や待遇に優れる大企業に応募が集中し、中小企業では人材確保そのものが困難になっています。
2024年度の人手不足倒産のうち、求人難を背景とする倒産は122件で全体の約4割を占めました(東京商工リサーチ調べ)。建設業・運送業・介護業など慢性的な人手不足業界や地方の企業で特に多発しています。
在籍していた従業員が次々と退職することで人手が不足し、営業継続が困難になるケースです。特に中核社員や幹部クラスが抜けると事業への打撃が大きく、ノウハウの継承もできないまま倒産に至ることがあります。
帝国データバンクの事例では、システム開発会社のピーシーネット(2025年1月破産)がエンジニアの引き抜きや人材流出、それに伴う外注費の増加により収益性が低下し、最終的に事業継続を断念しました。また建設業では、設計者や施工管理資格を持つ現場作業員・営業役員が相次いで退職し、事業運営が困難になった企業が目立っています。
参考:帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査(2025年)」
最低賃金の毎年の引き上げや大企業による賃上げ競争の影響で、中小企業にも賃金上昇の波が押し寄せています。価格転嫁が十分にできないまま人件費だけが増えると、利益が圧迫され資金繰りが悪化します。
2025年度の最低賃金(全国加重平均)は1,121円と、前年度から66円引き上げられ、上昇幅は過去最高となりました。
タイプ | 内容 | 2025年件数 |
|---|---|---|
求人難型 | 募集しても人が集まらず事業継続不可 | 約135件 |
従業員退職型 | 既存社員の大量離職・キーマン流出で業務崩壊 | 110件 |
人件費高騰型 | 賃上げ競争に追随できず利益消滅→倒産 | 152件 |
参考:帝国データバンク「2025年度上半期の人手不足倒産 214件で過去最多を更新」(PRTimes)
建設業の倒産は2025年に2,021件(前年比6.9%増)と、2013年以来12年ぶりに年間2,000件を超え、過去10年で最多となりました。人手不足倒産の文脈では、施工管理技士などの有資格者や現場監督の離脱が、受注・施工の両面で致命的なダメージを与えるケースが目立ちます。
帝国データバンクによると、2025年度上半期の道路貨物運送業の人手不足倒産は33件と、前年同期(19件)から急増しました。2024年4月に適用された時間外労働の上限規制(いわゆる「2024年問題」)により、ドライバー1人当たりの稼働時間が制限され、人員不足がそのまま輸送力不足・売上減少へ直結しています。
参考:帝国データバンク「2025年度上半期の人手不足倒産 214件で過去最多を更新」(PRTimes)
2025年の人手不足倒産でサービス業は151件(前年比71.5%増)と最も大きく増加しました。IT分野ではエンジニア不足が直接的な受注損失につながり、介護・医療分野では有資格者が退職すると施設基準を満たせず運営停止に追い込まれるケースがあります。
参考:東京商工リサーチ「2025年の人手不足倒産は過去最多の397件」
特定の社員だけが業務知識・顧客関係・技術を持つ「属人化」が進んだ企業では、その社員1人が抜けるだけで業務が止まります。マニュアルがない・後継者がいない・引き継ぎができないという状況が重なると、退職が即座に倒産リスクへと転化します。建設業・情報サービス業・医療機械製造などで特に多く見られるパターンです。
求人を出しても応募が来ない、もしくは採用できてもすぐに離職するという状況が続きます。賃上げ余力がない中小企業では「防衛的賃上げ」にも限界があり、少しずつ人員が削られていきます。
人員不足により受注を断らざるを得ない状況が生じ、顧客離れが始まります。残った少人数に業務が集中することで過重労働が進み、さらなる離職を招くという悪循環に陥ります。納期遅延・品質低下・安全事故のリスクも高まります。
受注損失が積み重なり売上が落ち込むと、固定費(とりわけ人件費)を賄えなくなります。黒字の期間があっても現金が底をつき、最終的に法的整理(破産・民事再生等)へと至ります。このプロセスが急速に進行するため、手遅れになりやすいのが労務倒産の怖さです。
関連記事: 資金繰りってなに?資金繰り表の作り方がわかる!改善方法10選
以下の状況が複数当てはまる企業は、労務倒産リスクが高い状態にあります。(あくまでも複数当てはまる場合のシグナルです)
チェック項目 | Yes | No |
|---|---|---|
直近1年間の離職率を把握しているか? | □ | □ |
同業他社の賃金水準を定期的に比較しているか? | □ | □ |
重要業務のマニュアル化・複数担当化は済んでいるか? | □ | □ |
採用チャネルは求人票1つだけに頼っていないか? | □ | □ |
人件費が売上の何%を占めるか把握しているか? | □ | □ |
価格改定・価格転嫁を顧客に申し入れたことがあるか? | □ | □ |
採用難を突破するには、求人票の改善だけでなく、SNS採用・リファラル採用(社員紹介)・ハローワーク以外の媒体活用など、チャネルを多様化することが重要です。また、求人票に「どんな職場か・どんな人が働いているか」を具体的に書く「採用ブランディング」が、特に中小企業では有効です。
外国人労働者・高齢者・女性・副業人材など、これまでターゲットにしていなかった層へ採用対象を広げることや外部支援を受けることも打ち手の一つです。
関連記事: 採用アウトソーシング(RPO)とは?メリットデメリットを比較
離職率を下げることは、採用コストの削減にも直結します。退職理由の上位に挙がるのは「賃金への不満」「職場の人間関係」「成長機会がない」の3つです。定期的な1on1面談・評価制度の透明化・有給取得の推進など、コストをかけなくても改善できる施策から着手しましょう。
資金力が限られる中小企業では、賃上げ以外の手段で「選ばれる職場」を目指すことが現実的です。
参考:帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査(2025年)」
特定の人物に依存した業務体制は、その人が退職した瞬間に経営危機を招きます。業務マニュアルの整備・OJTの仕組み化・複数人による担当制の導入など、知識・スキルを組織全体で共有する体制づくりが急務です。
動画マニュアルツールを活用すれば、暗黙知を比較的低コストで可視化できます。
少ない人数でも同等以上のアウトプットを出すには、業務効率化・自動化が不可欠です。受発注・経理・勤怠管理のシステム化、AI活用による業務の自動化など、デジタル化で「人手を減らしても回る組織」を目指します。
IT導入にかかる費用は各種補助金で軽減できます。
補助金・助成金名 | 2026年度の概要 |
|---|---|
デジタル化・AI導入補助金(旧IT導入補助金/経済産業省) | 2026年度より名称変更。AI搭載ツールの導入支援を強化。補助率最大4/5、補助上限最大450万円 |
業務改善助成金(厚生労働省) | 賃上げと設備投資を同時支援。助成上限最大600万円に拡充。2026年度予算は前年度比20億円増の35億円 |
小規模事業者持続化補助金 | 販路開拓・業務効率化への補助。通常枠の補助上限は50万円、特例活用で最大250万円まで上乗せ可 |
※ 最新の申請要件は各省庁・中小企業庁のウェブサイトで確認してください。
関連記事: 労務管理システムとは?選び方とおすすめ比較【2026年版】
人件費が上昇しているにもかかわらず商品・サービスの価格を据え置き続けると、利益率は確実に低下します。コスト増を取引先に適切に転嫁する「価格交渉力」の強化は、労務倒産を防ぐうえで非常に重要です。
取引先の開拓や、公正取引委員会が提供する「価格交渉促進月間」の取り組みや、業界団体を通じた価格改定の動きを活用し、適正価格での受注体制を整えましょう。
参考:東京商工リサーチ「2025年の人手不足倒産は過去最多の397件」
労務倒産の怖さは、問題が表面化したときには既に手遅れになりがちな点にあります。人員が抜け始めてから対策を打っても、悪循環を断ち切るには数ヶ月から数年かかります。
「まだ大丈夫」と思っている段階こそが、最も有効な手が打てるタイミングです。
経営者自身が「3つの危険シグナル(採用難・離職増・人件費圧迫)」のいずれかを感じ始めたら、すぐに外部専門家・支援機関に相談することを強くおすすめします。
機関 | 内容 |
|---|---|
よろず支援拠点(中小企業庁) | 全国47都道府県に設置。無料の経営相談 |
ハローワーク・地域ジョブカフェ | 採用・人材確保に関する無料相談 |
商工会議所・商工会 | 地元密着の経営支援、補助金申請サポート |
社会保険労務士 | 労務管理・就業規則整備・助成金申請 |
中小企業診断士 | 経営戦略・業務改善のコンサルティング |
労務倒産は「人」の問題から始まる倒産です。売上が好調でも、人が集まらない・辞めていく・賃上げできないという状況が重なれば、黒字経営の企業でも事業継続不可に追い込まれます。
人口減少・賃上げ競争・働き方改革——これらの潮流は今後も加速します。
「選ばれる企業」となることが、労務倒産を防ぐ唯一の道です。早めの行動が、企業の未来を守ります。