病院の労務管理を徹底解説|医師の働き方改革対応から現場トラブルまで

病院の労務管理を徹底解説|医師の働き方改革対応から現場トラブルまで

労務更新日:2026-05-31

AIの台頭をはじめ、現在我が国に存在する事業形態の変遷は今後も継続的に起こり得るものの、「人」が存在する限り残り続ける業態の一つが病院を始めとした医療業です。端的に病院は一般企業とは極めて毛色が異なった労務管理体制が必要であることは想像に難くなく、病院独特の慣習、労務管理体制について一定の習熟が求められます。今回は病院の労務管理について解説します。

コメント:社会保険労務士 蓑田真吾

社会保険労務士 蓑田真吾

医療機関の労務管理は多くの業種の中でも極めて難易度が高い業種であり、具体的には多職種・多勤務形態への対応、労働時間管理が挙げられます。機械的に運用可能な部分はシステムでカバーしつつ、システムでカバーできない部分をどれだけキャッチアップできるかがポイントです。

病院における労務管理の特徴

病院の労務管理が一般企業と大きく異なる点は、勤務形態・法規制・職種構成の3つが同時に複雑に絡み合うことにあります。

まず全体像を把握するために、一般企業との違いを整理します。

比較項目

一般企業

病院

難度

勤務形態

日勤中心。シフトがある場合も早番・遅番・夜勤程度

日勤・夜勤・宿日直・オンコール・早番・遅番が混在。24時間365日の患者対応が前提

複雑

労働時間管理

就業時間が比較的固定。タイムカードや勤怠システムで管理しやすい

応召義務・救急対応により終業時刻が流動的。自己研鑽との境界も曖昧で「何が労働時間か」の判断が難しい

複雑

適用される法規制

労働基準法が原則適用。上限規制は年720時間(特別条項)

労働基準法に加え、医師の働き方改革による水準別の上限規制(A水準:960h、特例水準:1,860h)、宿日直許可制度など医療特有のルールが上乗せ

複雑

職種構成

単一または少数職種で構成されることが多い

医師・看護師・薬剤師・放射線技師・臨床工学技士など多職種がチームで連携。職種ごとに異なる勤務体制・資格要件が存在

複雑

人材確保

求人市場から採用可能。未経験者の育成も比較的しやすい

国家資格必須。倫理観・専門性も求められるため、資格保有者の中からさらに絞り込みが必要。慢性的な人手不足に陥りやすい

難しい

ハラスメントリスク

上下関係は存在するが、職場ヒエラルキーは相対的に緩やか

医師を頂点とした指揮命令系統が明確。人命を扱う緊張感からパワハラが生じやすい構造的リスクがある

注意

メンタルヘルス対応

ストレスチェック義務(50人以上)。比較的実施しやすい

多忙のためストレスチェック・面談が後回しになりやすい。人手不足と長時間労働が負のサイクルを形成

注意

関連記事:労働基準法における労働時間とは?休憩時間や残業についても解説

この表からわかるように、病院の労務管理は「複雑な要素が重なっている」点が一般企業との最大の違いです。特に勤務形態と労働時間管理の難しさは密接に連動しており、24時間体制のシフト編成・宿日直・オンコールといった病院特有の慣行が、法令上の「労働時間とは何か」という判断をさらに複雑にしています。以下では、それぞれの特徴を詳しく見ていきます。

24時間体制、シフト勤務

クリニック等を除き、病院はベッドを設け、患者の看護が必要となることから、24時間体制での職員配置が必要となります。国家公務員等一部労働基準法の適用が除外されるケースを除き、いわゆる民間の病院であれば労働基準法の遵守は避けて通れません。この場合、夜間の患者対応を想定したシフトを編成しての勤務となります。シフト勤務自体は飲食業等の業態であっても特段珍しいことではありませんが、日勤、夜勤、宿日直、オンコール、早番、遅番等、患者の人命を預かる以上、他の業態よりも入り組んだ勤務編成を設けておくことが求められます。

病院の24時間カバーする体制の概念図

医師、看護師、コメディカルの多職種構成

また、医療は様々な職種によるチーム編成によって医療サービスが提供されることから、例えば医師のみ、看護師のみというわけではなく、医師と看護師と薬剤師等で連携してサービスの提供を行うこととなります。

人手不足と長時間労働

多くの病院で人手不足問題が挙げられ、ひいては長時間労働の誘引となっている点は否めません。当然、医療は人命を預かる以上、国家資格が必要であることは当然でありながらも、同時に倫理観等も求められることから「資格さえ持っていれば誰でもよいということにはなりづらい」典型的な業態であるため、慢性的な人手不足状態が続いているといった面があります。当然、人手不足の状況下では一人が抱える業務量も多くなるため、長時間労働を招きやすい状態となります。

病院で起こりやすい労務トラブルと対応のポイント

長時間労働、宿日直問題

医学の最たる専門家である医師には「応召義務」と呼ばれる義務があります。医師法第19条に基づき、診察や治療を求められた場合に「正当な理由」なく拒否することを禁じたものです。この義務が存在するため、終業時刻到来後に救急患者が搬送された場合であっても、担当医師が即時退勤することは事実上困難です。「正当な理由」による拒否は認められていますが、その範囲は限定的に解釈されており、単に勤務時間外であることのみをもって正当な理由とは認められません。結果として医師は自身の裁量のみで労働時間を管理しにくい立場にあり、長時間労働の構造的要因の一つとなっています。

また、医師の労働時間が延びるということは、医療サービス自体がチームで提供されるという性質上、看護師や薬剤師等の他の職種もそれぞれの職種ごとに期待された労務提供が求められることから、決して医師のみの問題ではありません。次に宿日直問題です。宿日直については労働基準法上、所轄労働基準監督署長による宿日直の許可を得ることで労働基準法上の労働時間と扱われないこととなりますが、宿日直の時間帯において通常の労働時間に行われる業務(例えば日中に常態的に行われる診察等)が発生した場合は当該業務にあたる時間は労働時間となります。

よって、宿日直の許可を得たからと言って、以後の宿日直業務の全ての時間帯が労働時間に当たらないというわけではありません。

サービス残業

昨今の医学の進歩は目覚ましく、当該医学知識をアップデートしていくために、学会参加や論文執筆等、医療従事者のいわゆる自己研鑽は他の職種に比べても(一般市民からの期待を差し引いたとしても)比較的多い印象です。例えば使用者から学会参加を命じられ、発表の為の資料作成等、指揮命令が介在する場合は労働時間としてカウントすべきですが、指揮命令が全く介在しない自主的な自己研鑽の場合は労働時間にはあたりません。医療業の「サービス残業」で問題となる論点として、当該自己研鑽の扱いが問題となります。特に医師の自己研鑽については、医療機関ごとにも解釈や運用方法が様々です。医師の場合、一般的な職種には馴染みの薄い「医局」という制度があり、医局とは、医学部等において、診療科や研究室ごとに形成されている組織を定義します。これは「教授」を頂点としたピラミッド型のヒエラルキーとイメージすると理解しやすいかもしれません。当然、医局ごとにも自己研鑽における解釈や運用方法は様々であるため、各医療機関が医局から医師派遣を受ける場合、どのような時間を労働時間として定義しているのか事前に相互理解を醸成しておくことがトラブル防止に寄与します。

ハラスメント

医療業は「人命」を扱う最たる職種と言う性質上、一定の厳しい𠮟責はやむを得ず、特に一刻を争う救急医療を扱う場合、その傾向が顕著に出ることは想像に難くありません。また、指揮命令系統を明確にしておかなければチームとしての医療サービスの提供が十分に発揮されないことから、医師を頂点としたオペレーションシステムの中で日々業務が行われます。ハラスメントにおいて比較的相談事例の多い「パワハラ」で問題になるケースとしては、「優越的な関係を背景とした言動」を行い、「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」により、「労働者の就業環境が害される」という要件を満たす場合、パワハラとして認定される傾向にあります。ヒエラルキーという構造自体は、対外的には優越的な関係と見えてしまいますが、あくまで業務上の必要な範囲を逸脱した言動(例えば個人に対する人格攻撃等)にならなければ業務上の一定の厳しい叱責が直ちにパワハラとして認定されることにはなりません。

関連記事:パワハラの定義とは?相談された時や発生時の対応・事例・調査方法

メンタルヘルス不調

ハラスメントと同様に医療従事者自身がメンタルヘルス不調になる事案は少なくありません。どのような職種であっても職務上の責任はありますが、医療従事者の場合、人命を預かるという性質上、一般市民からも向けられるその期待値は高い傾向にあるため、メンタルヘルス不調に陥るケースが多い傾向です。医療機関としても安全配慮義務の観点からメンタルヘルス不調に陥った医療従事者に対しては一定の配慮が求められることから、更なる人手即による長時間労働へと繋がるケースもあります。

関連記事:職場の安全衛生とは?衛生管理者や産業医の選任・健康診断を解説

病院が押さえるべき労務関連の法規制

労働基準法(労働時間・割増賃金)

労働関係法令の根幹となる法令は労働基準法となります。一般的な業種と明らかに異なった労務管理体制とならざるを得ない医療機関であっても労働基準法の適用は例外とはならないことから、当然法令順守が求められます。その中でも比較的重要視される傾向として労働時間と割増賃金問題です。特に「自己研鑽」の取り扱い、通常の労働日であってもどこからが労働時間にあたるのか等、医療機関ごとにチェックすべきポイントは様々ではありますが、重要な点は労働時間については「定期的にチェックする」という姿勢です。一度運用体制を構築したとしてもそれが未来永劫適切な状態であるかは不明瞭であり、特に心身ともに過重労働になりやすい職種でもあることからその必要性は高いと言えます。

医師の働き方改革(時間外労働上限規制)

医師については例外とはならず、2024年4月から、勤務医にも時間外・休日労働の上限規制が適用されています。一般企業より5年遅れての適用ですが、猶予期間は終わっており、現時点で対応が完了していない医療機関は法令違反のリスクを抱えることになります。

上限時間は医療機関の役割によって異なり、「水準」という区分で管理されます。

水準

対象

年の上限

A水準

原則すべての勤務医

960時間

連携B・B・C水準

地域医療の担い手、研修病院など特定の役割がある場合

1,860時間

特例水準(連携B・B・C)は年960時間を超えることが認められる一方、都道府県知事への指定申請が必要となります。指定を受けずに年960時間を超えた場合は規制違反です。

また水準を問わず、月の時間外労働が100時間以上になる見込みの医師には面接指導の実施が義務付けられており、勤務間インターバル(退勤から次の出勤まで原則9時間)の確保も求められています。

宿日直許可制度

宿日直の許可を見据える場合、労働基準法上の考え方として、常態としてほとんど労働することがなく、労働時間規制を適用しなくとも必ずしも労働者保護に欠けることのない場合(いわゆる「寝当直」のようなケースを想定)に限定して労働時間に関する規制から解放されていることとなります。すなわち、宿日直中に通常の労働時間中と同様の業務に従事した場合は当該時間については労働時間と解されます。

病院における労働時間管理のポイント

シフト、当直、オンコールの整理

有床医療機関であれば、複数の勤務形態を設けておく必要があり、多くの場合、シフト編成に頭を悩ませる機会が多い傾向にあります。また、救急受け入れ医療機関の場合、医師のみならず放射線技師、臨床工学技士等も含めてオンコール体制を構築しておく必要もあります。ここでのポイントはオンコール時の対価性です。まずオンコールの対象労働者となる場合は、どのような役務提供が発生した場合に賃金が発生するのかを明確化しておく必要があります。

労務管理を適正化する具体策

勤怠管理システムの導入

客観的な労働時間の管理を継続していくための一つの選択肢として勤怠管理システムの導入が挙げられます。各システム開発元より様々な勤怠管理システムが提供されていますが、医療機関の場合、複数の勤務形態が存在することから選定の基準としてはデフォルト機能のみならず、複数の勤務形態をカバーできる機能が実装されているか否かがポイントです。また医療機関独自の機能を実装させいたい場合、別途費用が発生することもありますが、人的リソースを極限まで減らす意味では一定の投資と捉えることが有用です。

クラウドを活用した労務管理の具体的な活用法は、関連記事:労務管理におけるクラウド活用のメリットと導入のポイント も参考にしてください

業務分担の見直し(タスクシフト)

手術等の「医療行為」については原則として医師に限定されるため、他の職種にタスクシフティングするということはできませんが、例えば膨大な量になりがちな医師事務作業について、医師事務作業補助者を雇用して、当該医師事務作業補助者へタスクシフティングすることで医師の長時間労働に抑止をかけるということです。

面談、ストレスチェックの実施

「メンタルヘルス不調に陥る前」の段階で、面談、ストレスチェックの実施を通じてメンタルヘルス不調を未然防止を図るという考え方が重要です。しかしながら、多忙の為に面談、ストレスチェックの機会すらも先延ばしにされることもあるため、可能な限り申し出をしやすい人員配置、職場環境の醸成が有用です。

病院の労務管理実務でありがちなミスと対処法

医師の労働時間を正確に把握していない

医師の場合、前述の応召義務、宿日直業務も行われるという観点から他の職種と比べて労働時間の記録が正確に把握できないという問題があります。前提として、どのような時間が労働時間にあたるのかの相互認識を揃えておくことは当然ではありますが、医療機関内の勤怠管理オペレーションシステム(例えば救急対応が入る直前に一度退勤打刻をしてしまうと修正ができず、すなわち適切な労働時間の記録とはなり得ない)が不十分であれば運用の再考が必要です。

自己申告に依存している

前述の救急対応をはじめとして、他の職種目線では「イレギュラー」とも見える労働時間の記録については別途「自己申告制」を採用し、可能な限り労働時間の算定における不足が生じないようプラスαの運用方法を構築しているケースがあります。しかしながら人的運用に比重が置かれるオペレーションシステムの場合、業務過多になると適切な労働時間管理には程遠い状態(申告忘れが生じ得ることと、その場合給与計算において支給額に連動しない)になることもあります。

すなわち、自己申告制は最小限にとどめて、可能な限り人的リソースを削ぎ落とし、機械的な運用で管理できるよう制度設計することが有用です。

また、労務アウトソーシングを活用して人的運用への依存を下げた実例として、事例:障がい者グループホーム29施設の勤怠管理をアウトソーシングし、月初業務をほぼゼロに も参考になります

病院が労務管理を改善するためのステップ

現状把握(労働時間・業務量)

医療機関において適切な労務管理体制を構築するにあたってのフローとしては、第一に現状把握が最優先事項です。各医療従事者の労働時間の推移、業務量を客観的に精査(数字には表れない面も有り得る点は留意が必要)し、時期を決めて改善フローを周知していくことです。

リスクの洗い出し

単純に比較できるものではありませんが、多くの場合、「人命」と「労務管理」では後者の優先度が劣後することが多いことでしょう。しかし、杜撰な労務管理体制は良質な医療サービスを提供するという多くの医療従事者が目指す最終的なゴールに対してマイナスに働くことはあってもプラスに働くことは想定し難いと考えます。よって、このまま対応しなかった場合のリスク(当然労働法の視点のみならず)についても膝を突き合わせて協議していく姿勢が有用です。

医療労務に特化した専門家については、関連記事:医療労務コンサルタントとは?役割・費用感・探し方をわかりやすく解説 でまとめています。

まとめ

病院の労務管理は「患者安全」と直結する重要課題です。

すなわち、医療従事者側の心身の状態が可能な限り最適化されていることで、良質な医療サービスを提供できる状態に近づいているとも言えます。

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この記事の監修者

蓑田真吾のプロフィール画像

株式会社Enigol

蓑田真吾

千葉経済大学経済学部経済学科卒業。東京都社会保険労務士会所属(登録番号 第13190545号)。 都内医療機関において、約13年間人事労務部門において労働問題の相談や社会保険に関する相談を担ってきた。対応した医療従事者の数は1,000名を超え、約800名の新規採用者、約600名の退職者にも対応してきた。社労士独立後は労務トラブルが起こる前の事前予防対策に特化。現在は様々な労務管理手法を積極的に取り入れ労務業務をサポートしている。また、年金・医療保険に関する問題や労働法・働き方改革に関する実務相談を多く取り扱い、書籍や雑誌への寄稿を通して、多方面で講演・執筆活動中。

資格
社会保険労務士

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