尚、平均賃金を算出する場合に、賃金締切日がある場合の3ヶ月間は、算定すべき事由の発した日の直前の賃金締切日から起算します。
そして、総日数の考え方については、平均賃金の算定期間となる3ヶ月間の総歴日数となります。しかし、多くの場合、平均賃金を算出する事由が生じた「当日」には労務の提供が完全になされていないことがあり、労働者にとっては不利になることがあります。よって、算定すべき事由の発生した日は総日数に含めないこととされています。
算定基礎から除外される期間
算定基礎から除外される期間が下記のとおり定められています。当該期間については日数および賃金の総額からは当該期間中の賃金を除いて平均賃金を算出します。
・業務上負傷し、または疾病にかかり療養の為に休業した期間
・産前産後休業の期間
・使用者の責に帰すべき事由によって休業した期間
・育児休業、介護休業期間
・試みの使用期間
賃金総額に算入しない賃金
賃金総額に算入しない賃金として、下記の賃金が明記されています。
・臨時に支払われた賃金
・3か月を超える期間ごとに支払われる賃金
・通貨以外のもので支払われた賃金で一定の範囲に属しないもの
平均賃金は労働基準法で定める金銭を支給する際に多く用いることから労務担当者としておさえておくべき部分です。
賃金支払いの5原則とは
労働者にとって毎月の給与は生活保障の観点からも労働基準法により多くの規制が課せられていますので確認しましょう。
⑴ 通貨払いの原則
賃金は通貨で、直接労働者にその全額を支払わなければなりません。例外としては労働協約に別段の定めがある場合はその限りではありません。労働協約とは使用者と労働組合との約束であり、そもそも労働組合がない場合は検討の余地がないということです。
尚、法律上は労働者の同意を得た場合は銀行振り込みでも可能となりますが、実務上は多くの企業で原則が銀行振り込みとなっていることでしょう。法律上の解釈と実務の現場では解釈の乖離が起きています。労務担当者として原理原則はおさえておくべきでしょう。
⑵ 直接払いの原則
賃金は直接労働者に支払わなければなりません。賃金を労働者の親権者やその他の法定代理人に支払うこと、労働者の委任を受けた任意代理人に支払うこともできません。尚、使者(妻や子供等)に対して賃金を支払うことは可能です。
尚、働き方の多様化により企業内に派遣労働者を含めて労務管理をしている企業もあるでしょう。派遣労働者については直接の雇用関係は派遣元にあり、労務の提供先である派遣先事業主とは直接の雇用関係はありません。その場合、直接払いの原則についてどのように整理すればよいのでしょうか。派遣労働者については、派遣先の使用者を通じて支払うことは派遣先の使用者が派遣中の労働者本人に対して派遣元の使用者からの賃金を手渡すだけであれば直接払いの原則には違反しないと解されます。
また、あまり頻発する事例ではありませんが、賃金が民事執行法の手続きにより差し押さえられた場合はどのように考えればよいのでしょうか。この場合、使用者は指し押せられた賃金を差し押さえた債権者に直接支払っても直接払いの原則に違反しないと解されます。
⑶ 全額払いの原則
賃金はその全額を支払わなければなりません。しかし、法令に別段の定めがある場合や労使協定がある場合はその限りではありません。尚、法令に別段の定めがあるとは、所得税法や、健康保険法、厚生年金保険法等で源泉控除の規定を指しています。
また、労使協定で、賃金の一部を控除する定めを協定している場合も全額払いの原則に違反しません。例えば駐車場費などが想定されますが、新たな控除項目が増えた場合は新たな協定を締結する必要があります。
⑷ 毎月1回払い
賃金は毎月1回以上払わなければなりません。これは労働者による使い込みを危惧しての規定と考えます。尚、毎月とは暦日を指し、年俸制を採用している場合であっても支払いは毎月1回以上行わなければなりません。
⑸ 一定期日払い
賃金は一定期日に支払わなければなりません。一定期日とは必ずしも25日などとする必要はなく、末日払いなど、その日が特定できる定めであれば問題ありません。しかし、毎月第2金曜日など、月7日の範囲内で変動するような期日の定めは許されません。
尚、所定支払日が休日に該当する場合は当該支払日を繰り上げまたは繰り下げる定めをすることは問題ありません。
そして、毎月1回払いおよび一定期日払いの例外があり、臨時に支払われる賃金や賞与などは例外となります。
その他、賃金における事項
賃金債権の時効とは
2020年4月1日以降に支払われる賃金については時効が5年(当分の間3年)に延長されます。よって、不適切な賃金計算が常態化していた場合で遡り是正となった場合は、旧来と比較すると大きなリスクとなり得ます。
最低賃金とは
就業形態が多様化する現代であっても賃金の低廉な労働者は存在しており、当該労働者の生活の安定、労働力の質的向上、事業の公正な競争の確保に資することを目的に設けられています。尚、ここで言う労働者とは労働基準法上の労働者となります。
まず、最低賃金は時間によってのみ定められます。当然、使用者は最低賃金を下回る取り決めはできず、双方で合意したとしてもその合意は無効となり、最低賃金と同様の定めをしたものとみなされます。 最低賃金には地域別最低賃金と特定最低賃金があります。
地域別最低賃金
地域別最低賃金とは全国各地、都道府県別に定められます。尚、地域別最低賃金は毎年10月頃に決定され、公表されます。よって、労務担当者は当該時期の報道発表は漏れなくチェックし、企業内に最低賃金と同様(又は最低賃金に近い)の定めをしている労働者に対しては賃金の改定をしなければなりません。尚、その場合、労働契約書を新たに発行して、双方で記名押印後に保管する必要はるのかとの疑義が生じます。最低賃金を下回る取り決めは無効となることから、改めて労働契約書を取り交わす必要はありません。企業によっては双方の確認の意味を込めて新たに交付するケースも散見されます。
特定最低賃金
特定最低賃金とは特定の産業について、地域別最低賃金より金額水準の高い最低賃金を定めることが必要と認められるものについて設定されています。特定最低賃金は厚生労働大臣または都道府県労働局長が決定(または改定)の必要性を最低賃金審議会に諮問し、同審議会で審議された意見を尊重して決定(または改定)されます。
同一労働同一賃金とは
2020年4月1日以降、大企業が先行的に施行されました。端的には同一の仕事に従事する労働者は同一水準の賃金が支払われるべきという概念です。尚、直接的な罰則はないものの、訴訟となった場合には支払い命令が下されているものもあり、労務担当者としても無視できなくなっています。特に手当については、多くの訴訟で争われており、正社員のみに支給している手当がある場合、どのような目的で正社員のみに支給しているのかは明確化しておくべきです。また、パート労働者から説明を求められた場合には説明に対応する義務があります。労務担当者としても担当者間で対応にばらつきがないよう、経営層と相談の上、対応にあたるべきです。
社会保険上の報酬とは
厚生年金保険法では、
報酬とは、賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が、労働の対償として受ける全てのものをいう。ただし、臨時に受けるもの及び3月を超える期間ごとに受けるものは、この限りでない。
と規定されています。
端的には被保険者が事業主から「労務の対償」として支給される全てのものを指し、賃金、給料、手当などその名称にかかわらず対象となります。ただし、3カ月を超える期間ごとに受けるもの(賞与)及び臨時に支給されるものについては、除かれるということです。
尚、厚生年金保険法と同じく社会保険に類する健康保険法でも同様の解釈となります。
給与計算での留意点(締め日と支払日)
毎月の給与計算は労務担当者にとっても重要度の高い業務となります。例えば正規職員と非正規職員で締め日および支払日が異なる企業があります。正規職員が末日締め・当月予定払いであり、非正規職員が末日締め・翌月実績払いとなっているケースです。この場合4月に採用された場合、正規職員は4月分の給与が4月から給与が支給されるものの、非正規職員は4月分の給与が5月に支給されることとなります。
不利益変更時の留意点(賃金カット)
一度取り決めた賃金形態では継続的な給与支給が困難となった場合、賃金カットするという選択肢があります。その場合、どのような点に留意すべきでしょうか。
まずは、変更の必要性、変更後の内容の相当性、代償措置、交渉の状況、国内の一般的な状況、同業他社の動向を総合的に勘案して決定すべきでしょう。
また、特定の労働者層にのみ不利益変更(賃金カット)を行うと、なぜ、その労働者層のみが対象となったのかという話になります。特に管理職層は賃金をアップさせているにも関わらず、定年が近い労働者層のみ賃金をカットするような判断は不利益変更と判断されると言えます。
賃金台帳とは
法定三帳簿と言い、労働者名簿、出勤簿、賃金台帳があります。
賃金台帳には、賃金計算期間をはじめ、労働日数、労働時間数、時間外労働時間数、深夜労働時間数、休日労働時間数、基本給や手当などを記載しなければなりません。尚、3年の保存が義務付けられており、電子機器により直ちに出力できる状態であれば紙でなくても問題ありませんが、言うまでもなくデータの消失には最大限注意が必要です。
最後に
賃金は労働者にとって最重要労働条件と言っても過言ではありません。また、基本的には採用から退職まで毎月発生するものです。賃金は日本の慣行である新卒一括採用横並び昇給が今後も継続して続いているかというと、コロナ禍以降は不透明感が際立ってきました。ジョブ型制度の採用を始め欧米が採用している賃金制度を一部導入する動きも出てきています。しかし、欧米のように完全なジョブ型制度を採用するには整えなければならない部分(職務記述書等)も多々あり、まだ時間を要すると考えます。
そして、当分の間3年となっている賃金の時効が5年へ移行した際には労務担当者として今以上に長期的な管理が必要となるため、データの保存や賃金計算はより重要になっていくものと考えます。